「血を増やす漢方薬を探している」というご相談を、れいわ漢方薬局ではよくいただきます。健診で貧血を指摘された方、妊活中で体調を整えたい方、疲れやすさが続いている方など、きっかけはさまざまです。
まずお伝えしておきたいのは、漢方薬に鉄そのものは含まれていないという点です。増やすというより、血を作る力を立て直す方向に働きます。したがって、鉄が明らかに足りていない場合は、鉄剤と併用するほうが効率的です。
代表的なのは、血を補いながら水はけを整える当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)と、気と血の両方を補う十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)です。この記事では、選び分けと妊活への関わりを整理します。
漢方薬は鉄を補う薬ではない
結論: 漢方薬に鉄そのものは含まれていません。血を作る力と、作った血を巡らせる力を立て直すという働き方をします。
血虚という考え方
東洋医学では、血が不足した状態を血虚(けっきょ)と呼びます。西洋医学の貧血と重なる部分は多いのですが、完全に同じではありません。
血虚のサインは、顔色が悪い、爪が割れやすい、髪が抜ける、めまいや立ちくらみがする、眠りが浅い、生理の量が少ない、こむら返りが起きる、といったものです。検査値が正常でも、これらが揃えば血虚と判断します。
つまり、血液検査で異常が出なくても手当ての対象になるという点が、東洋医学の特徴です。数値の一歩手前の状態を扱えるという言い方もできます。
鉄剤との使い分け
いっぽう、検査で明らかに鉄が足りていない場合は、鉄剤のほうが直接的です。足りないものを直接入れるので、当然速くなります。
漢方薬が担うのは、その鉄を使って血を作る力の側です。胃腸が弱くて吸収できない、体力が落ちていて作れないという状態には、漢方薬が入る余地があります。
両者は併用できます。鉄剤で材料を入れ、漢方薬で作る力を上げるという組み合わせが、現実的には最も効率がよくなります。
フェリチンまで測っておく
血液検査でヘモグロビンが正常だったから貧血ではない、と判断されている方が多くいらっしゃいます。ここで見落とされているのが、貯蔵鉄を示すフェリチンという数値です。
体は鉄が減ると、まず貯蔵分を取り崩してヘモグロビンを保とうとします。つまり貯蔵が空になってからでないと、ヘモグロビンは下がりません。
健診の標準項目にフェリチンは入っていないことが多いので、症状を伝えて追加してもらう必要があります。妊活中の方は、一度測っておく価値のある項目です。
血を補う代表的な漢方薬
結論: 冷えとむくみがあれば当帰芍薬散、消耗が強ければ十全大補湯、胃腸が弱ければ加味帰脾湯。この3つが軸になります。
当帰芍薬散|冷えとむくみを伴うとき
当帰芍薬散は、当帰・川芎・芍薬・茯苓・朮・沢瀉の6つからなります。当帰と芍薬が血を補い、茯苓と沢瀉が水はけを整えるという構成です。
向くのは、色白で疲れやすく、冷えとむくみがあり、生理の量が少なめという方です。婦人科領域で最もよく使われる処方のひとつで、妊活の相談でも中心になります。
甘草は含まれていないため、他の漢方薬と重ねやすいという利点もあります。穏やかな配合なので、長く続けやすい部類に入ります。
十全大補湯|消耗が強いとき
十全大補湯は、気を補う四君子湯と、血を補う四物湯(しもつとう)を合わせ、さらに黄耆と桂皮を加えた10種類の構成です。
血だけでなく気も同時に補うため、疲れ切っていて体力そのものが落ちている方に向きます。手術後や病後の回復、長引く出血で消耗している方が対象です。
当帰芍薬散より力が強いぶん、胃にもたれることがあります。食が細い方は、少なめの量から始めるほうが続けやすくなります。甘草を1.5g含みます。
加味帰脾湯|胃腸が弱く眠れないとき
加味帰脾湯(かみきひとう)は、血を補いながら心を落ち着ける方向の配合です。14種類の生薬からなり、比較的複雑な構成をしています。
向くのは、疲れやすく、胃腸が弱く、不安で眠れない、くよくよ考えてしまうという方です。血虚に不眠と不安が重なった状態を想定しています。
貧血傾向と気分の落ち込みが同時にある方には、この処方でまとめて手当てできる場合があります。甘草は1g含みます。
3つの使い分け
| 処方 | 決め手 | 甘草 |
|---|---|---|
| 当帰芍薬散 | 冷え・むくみ・生理の量が少ない | なし |
| 十全大補湯 | 疲れ切っている・病後・長引く出血 | 1.5g |
| 加味帰脾湯 | 胃腸が弱い・不安で眠れない | 1g |
決め手の列を上から順に読んで、いちばん近いものを選ぶという使い方をします。複数に当てはまる方がほとんどなので、そのときは最も強く出ている状態を優先してください。
どれとも決めきれない場合は、当帰芍薬散から入るのが安全です。穏やかで外しにくく、合わなければ反応も出にくいためです。
甘草の量にも差があります。他の漢方薬を併用している方は、合計が1日2.5gを超えないかを確認してください。当帰芍薬散は甘草を含まないため、この点でも組み合わせやすい処方になります。
血が足りていないと出る症状
結論: 立ちくらみや動悸だけではありません。抜け毛、爪の変化、氷を食べたくなる、眠りが浅いといった症状も、鉄が足りていないサインです。
分かりにくいサイン
貧血というと立ちくらみを思い浮かべる方が多いのですが、実際にはもっと幅広い症状が出ます。
氷を無性に食べたくなる、爪が反り返る、口の端が切れる、髪が大量に抜ける、飲み込みにくい。これらは鉄が足りていないときに現れる特徴的な症状です。
なかでも氷を食べたくなるという症状は、鉄不足に特有とされています。1日に製氷皿1つ分を食べているという方は、一度検査を受ける価値があります。
眠りとの関係
鉄は、脳内で気分や睡眠に関わる物質を作るときにも使われます。足りないと、寝つきが悪い、途中で目が覚める、朝すっきり起きられないという形で現れます。
足がむずむずして眠れないという症状も、鉄不足との関連が知られています。夕方から夜にかけて強くなり、動かすと楽になるのが特徴です。
妊活では睡眠の質も周期に関わるため、この経路からも影響が出ます。鉄を整えたら眠れるようになった、という方は実際にいらっしゃいます。
疲れやすさの正体
血液が運んでいるのは酸素です。ヘモグロビンが減れば運べる酸素も減り、体は酸素不足の状態になります。
階段を上ると息が切れる、少し動くと疲れる、午後になると横になりたい。こうした訴えの背景に、この酸素不足があることは珍しくありません。
体力がないから、年齢のせいだからと片づけていた方が、鉄を整えて別人のように動けるようになるという例があります。まず測ってみるだけの価値はあります。
妊活で貧血が影響する理由
結論: 卵子と子宮内膜を作る材料が血だからです。材料が足りなければ、内膜が厚くならない、卵胞の育ちが遅いという結果につながります。
内膜を作るのに血が要る
子宮内膜は、毎周期ゼロから作られては剥がれ落ちるという組織です。この材料になるのが血で、足りなければ十分な厚さになりません。
体外受精で移植の前に内膜の厚さを測るのは、この点が着床に関わるためです。8mm以上が目安とされることが多く、7mm未満だと移植を見送ることもあります。
血が足りていない状態では、この厚さを確保しにくくなります。ホルモン剤で刺激しても反応が鈍いという場合、材料の側に問題があることがあります。
卵胞の育ちにも関わる
卵胞が育つには、卵巣への血流と、そこに運ばれる栄養が要ります。血が薄い、あるいは巡りが悪い状態では、この供給が足りません。
低温期が18日以上かかる、卵胞の育ちが遅いと言われる。こうした状態の背景に、血虚があることは珍しくありません。
東洋医学で妊活に血を補う処方をよく使うのは、この土台の部分を支えるためです。畑に肥料を入れる時期という比喩で説明することがあります。
妊娠後にも影響する
妊娠が成立した後も、血の需要は増え続けます。胎児に栄養と酸素を届けるため、母体の血液量は妊娠後期には5割ほど増えるとされています。
このとき鉄が足りていないと、妊娠中の貧血として現れます。だるさ、動悸、息切れが強く出て、出産時のリスクにも関わります。
妊活の段階で貯蔵鉄を蓄えておくことは、妊娠してからの体調にも影響します。妊娠が分かってから慌てるより、前もって整えておくほうが有利です。
鉄剤が続かないときの工夫
結論: 胃にもたれる、便秘になる、黒い便が出る。この3つが中断の理由の大半です。飲み方の調整で続けられることが多くあります。
胃にもたれるとき
鉄剤の代表的な副作用が、胃のむかつきです。特に空腹時に飲むと出やすくなります。
対処としては、食後に飲む、就寝前に回す、量を半分にして毎日続ける、といった方法があります。吸収効率は少し落ちますが、飲めない量を処方されているより、飲める量を続けるほうが結果は出ます。
胃腸そのものが弱い方には、六君子湯(りっくんしとう)や補中益気湯(ほちゅうえっきとう)で消化の力を上げてから鉄剤を重ねる、という順番をとることもあります。
便秘になるとき
鉄剤で便が硬くなるのは、よくある反応です。水分を増やす、食物繊維をとる、といった一般的な対策で改善することが多くあります。
それでも続く場合は、酸化マグネシウムを併用するという方法があります。腸に水を引き込んで便を柔らかくする薬で、癖になりにくいという特徴があります。
漢方薬では、麻子仁丸(ましにんがん)や潤腸湯(じゅんちょうとう)が候補になります。ただし大黄を含むため、妊娠の可能性がある時期は避けてください。
吸収を上げる食べ合わせ
鉄はビタミンCと一緒にとると吸収が上がります。鉄剤や鉄を含む食材と、柑橘類やパプリカ、ブロッコリーを組み合わせるのが実用的です。
逆に、緑茶・コーヒー・紅茶に含まれるタンニンは吸収を妨げます。食事の直前直後は控えて、1時間ほど空けるほうが確実です。牛乳やチーズのカルシウムも同様に吸収を下げます。
当帰芍薬散を鉄剤と一緒に飲む場合、この種類の相互作用はありません。同じタイミングで飲んで差し支えありません。
食事で血を作る
結論: ヘム鉄を含む食材を週に何度か入れる、たんぱく質を足りるだけとる、極端な食事制限をしない。この3つが基本です。
ヘム鉄と非ヘム鉄
肉や魚に含まれるヘム鉄は、野菜や豆に含まれる非ヘム鉄より吸収されやすい形です。吸収率で数倍の差があるとされています。
赤身肉、レバー、かつお、まぐろ、あさり、しじみが代表的な食材です。牛レバー100gで4mg、あさり100gで4mg程度の鉄を含みます。サプリメントを増やすより、これらを週に何度か食卓に入れるほうが効率的な場合があります。
野菜だけで鉄を補おうとすると、必要な量に届きにくくなります。ほうれん草や小松菜も鉄を含みますが、吸収率を考えると量が必要です。
たんぱく質が足りているか
血の成分であるヘモグロビンは、鉄とたんぱく質から作られます。鉄だけ入れても、たんぱく質が足りなければ作れません。
1日に必要なたんぱく質は、体重1kgあたり1g前後が目安です。妊活中は、この量を毎日確保できているかを確かめる価値があります。体重50kgの方なら50gで、卵1個で6g、鶏むね肉100gで23g、豆腐半丁で10g程度になります。
朝食を抜いている方は、ここで大きく足りなくなります。まず朝に1品足すところから始めていただくと、変化が出やすくなります。
極端な制限をしない
妊活中に体重を落とそうとして食事を減らすと、鉄もたんぱく質も同時に減ります。血虚を作る最も分かりやすい経路です。
BMIが18を下回ると、脳が排卵の指令を止めることがあります。体重を落とすことが目的になってしまうと、妊活の足を引っ張ります。
減らすより、中身を変えるという発想のほうが向いています。菓子パンを卵とヨーグルトに置き換える、といった形です。
男性側の貧血も見ておく
結論: 男性でも鉄が足りていないことはあります。特に消化管からの出血が背景にある場合は、貧血の指摘そのものが受診の理由になります。
男性の貧血は原因を調べる
女性の貧血は生理による出血で説明がつくことが多いのですが、男性の場合は事情が違います。定期的に血を失う仕組みがないため、貧血があれば必ずどこかに理由があります。
最も注意が要るのが、消化管からのじわじわした出血です。胃潰瘍、大腸のポリープ、腫瘍が背景にあることがあります。
したがって、男性で貧血を指摘された場合は、鉄剤を飲む前に原因を調べる必要があります。これは妊活とは別の、健康管理としての優先事項です。
精子への影響
鉄や亜鉛が不足していると、精子の状態にも影響する可能性が指摘されています。ただし女性ほど研究が蓄積しているわけではありません。
食事が極端に偏っている、外食ばかりで野菜も肉も足りていないという場合は、栄養の面から見直す価値があります。夫婦で一緒に食事を整えるほうが続きやすいという実務的な利点もあります。
漢方薬としては、補中益気湯や八味地黄丸(はちみじおうがん)が男性の妊活で使われます。精子が作られてから射出されるまでには約3か月かかるため、効果を見る期間も女性と同じ3か月が目安になります。
夫婦で同時に始める
妊活では、女性だけが検査や治療を重ねるという形になりがちです。しかし不妊の原因の約4割は男性側が関わるとされています。
精液検査は、女性側の検査に比べればはるかに簡単で負担も小さいものです。まずここを確認してから、進む方向を決めるほうが効率的です。
食事や生活の見直しも、一人でやるより2人でやるほうが続きます。血を作る食事は特別なものではないので、家族全員で同じものを食べて構いません。
効くまでの期間
結論: 血虚の改善には3か月ほどかかります。貯蔵鉄が回復する時間に引っ張られるため、短期では判断できません。
3か月を目安に見る
血を補う方向の漢方薬は、体が材料を蓄えて作り直すのを待つ手当てです。1〜2週間で劇的に変わるものではありません。
鉄剤を併用している場合も、フェリチンが回復するには3か月ほどかかります。ヘモグロビンは先に戻りますが、貯蔵が満たされるまでは症状が残ることがあります。
数値が戻ったからと早くやめると、また減っていきます。医師の指示がある場合は、その期間まで続けてください。
何を目印にするか
自分で確かめられる目印を決めておくと、判断しやすくなります。立ちくらみの回数、階段を上ったときの息切れ、爪の状態、髪の抜け方、寝つきのよさ。
妊活の文脈では、基礎体温の低温期が安定してきたか、生理の量が増えたか、内膜の厚さがどう変化したかも材料になります。
3か月続けて何も変わらなければ、選んだ処方が合っていないか、鉄が足りていない可能性を考えます。
改善症例
30代前半|内膜が薄いと言われていた方
体外受精を予定していたものの、内膜が7mmまでしか厚くならず、移植を見送ったという方です。ホルモン剤を増やしても反応が鈍いと言われていました。
伺うと、顔色が白く、疲れやすく、生理の量が少なく、こむら返りがよく起きるという状態でした。血液検査でフェリチンが9ng/mLと、貯蔵鉄がほぼ空でした。鉄剤の処方を受けたうえで当帰芍薬散を併用し、朝食にたんぱく質を足していただいています。4か月でフェリチンが38まで上がり、内膜も9mmを超えるようになりました。材料が足りていなかったという単純な理由でした。
30代後半|鉄剤が続かなかった方
貧血を指摘されて鉄剤を処方されたものの、胃のむかつきで2週間しか続かなかったという方です。以降、鉄は諦めていらっしゃいました。
食が細く、胃腸が弱い体質でした。まず六君子湯で消化の力を立て直し、1か月後から鉄剤を半量で再開していただいています。今度は胃の不調が出ず、そのまま続けられました。3か月でヘモグロビンとフェリチンの両方が改善し、朝の起きにくさも軽くなっています。飲めない量を続けようとしたことが、最初の失敗でした。
よくある質問
Q. 血を増やす漢方薬には鉄が入っていますか?
入っていません。漢方薬が担うのは、血を作る力と巡らせる力を立て直すことです。鉄が明らかに足りていない場合は、鉄剤と併用するほうが効率的です。両者に飲み合わせの問題はないため、同じタイミングで飲んで差し支えありません。
Q. 当帰芍薬散と十全大補湯はどちらがよいですか?
冷えとむくみがあり、生理の量が少ないなら当帰芍薬散です。疲れ切っていて体力そのものが落ちている、長引く出血で消耗しているなら十全大補湯になります。どちらとも決めきれない場合は、穏やかで外しにくい当帰芍薬散から入るのが安全です。
Q. 貧血だと妊娠しにくくなりますか?
卵子と子宮内膜を作る材料が血なので、足りなければ内膜が厚くならない、卵胞の育ちが遅いという形で影響します。ただし貧血だから妊娠できないという単純な関係ではありません。材料を整えておくと有利になる、という理解が正確です。
Q. 健診で貧血ではないと言われましたが、症状があるのはなぜですか?
ヘモグロビンが正常でも、貯蔵鉄を示すフェリチンが低い状態があります。体は鉄が減るとまず貯蔵分を取り崩すため、貯蔵が空になってからでないとヘモグロビンは下がりません。フェリチンは健診の標準項目に入っていないことが多いので、追加してもらう必要があります。
Q. どのくらいで効きますか?
血虚の改善には3か月ほどかかります。貯蔵鉄が回復する時間に引っ張られるためです。立ちくらみの回数、息切れ、爪の状態、寝つきといった目印を決めておくと、変化を確かめやすくなります。3か月で何も変わらなければ、選び直しを検討します。
まとめ:材料を入れながら、作る力を上げる
血を増やす漢方薬として代表的なのは、当帰芍薬散と十全大補湯です。ただし漢方薬に鉄そのものは含まれておらず、血を作る力を立て直すという働き方をします。
したがって、鉄が明らかに足りていない場合は、鉄剤と併用するほうが効率的です。材料を入れながら作る力を上げるという組み合わせが、最も早く結果につながります。
そして、健診でヘモグロビンが正常でも安心はできません。貯蔵鉄を示すフェリチンまで測っておくことが、妊活中の方には特に重要です。れいわ漢方薬局では、血液検査の結果と食事の内容を伺ったうえで、何から手をつけるかをご一緒に決めています。
メタディスクリプション: 血を増やす漢方薬は当帰芍薬散と十全大補湯が代表ですが、鉄そのものは含まれていません。妊活で貧血が内膜と卵胞に影響する理由、鉄剤との併用、フェリチンを測る意味を薬剤師が解説します。


